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ある日、小包が屆いた。差出人の名がなかつた。開けて見ると、それはみんな手紙の反古だつた。封筒にも何にも入れずに、一束に括つてあつた。テープを切つて中を讀んで見ると、そのどれにも一々、片山とし子樣と私の名が書いてあつて、どうも差出人はお房さんに違ひないと思つた。 それは一々私宛ての手紙體に卷紙に書いた、日記のやうなものだつた。どれにも殆んど同じ事が繰り返してある。 一つ一つ開いてゐる中に、どさりと中から疊の上に落ちたものがある、長さ三寸ばかりの長方形の鏡だつた。 枠がとれて、水銀が處々剥げてこわれた壁畫のやうに黄色く平板に物の象を映してゐた。 ――私は、何故とも知れぬある衝撃をうけた。手紙の一節を私は讀んで見ると、 「この前、大雪が降りましたらう。あの日でございます、覺悟をしたのは。就きましてあなたに何や彼とお世話になりましたから、何か形見を差し上げたいと存じましたが、たゞ今私の持つてゐるものとては、着換の肌着もございません始末です。あの此の鏡だけは、若い時から大切に身につけて來ました品でございますから……」 私は此處まで讀んで何故とも解らない嫌惡を感じた。自分に纒はつてくる、他人の暗影を拂い除けよう除けようとあせりながら、しかも自分まで引き摺りこまれてゆく、他人なのか自分なのか、その影は無數に絡みあひ縺れあつて擴大してゆく。また一方には溺れようとする者の掴みかゝる一握の藁、丁度またそれ程のものでしかない私を、差し出した無數の手が冷笑してゐた――僞善者ざまあ見ろ!と。 古着屋と米屋の路地の左側の長屋の奥に私は一軒の家を尋ねあてた。 玄關と並んで開け放たれた臺所の上り口には、家族が多いと見えて、午飯(ひる)の食器の汚れものがずらりと置き並べてあつた。 二三度聲をかけると、中から四十餘りの女が出て來た。何處か面ざしがお房さんに似てゐた。女は辯解的な口調で、警戒と探索の眼を私の胸もとに閃めかせながらいつた。 「全く姉には困り果てましてねえ――姉は何處か遠方へゆくとか、二三年前から申して居りましたが、いゝえあなた、皆でとめたのでございますよ、どうしてとめた位できくやうな姉の氣象ではござんせんからね。好いやうにさせたがいゝと思つていますとあなた、十日許り前に出たつきり、姉からは何ともいつて參りません。多分あなたさまの處にでも御厄介になつてる事と思つてゐたんでございますの……」 それからお房さんの妹は冷然と他人の事のやうにいつた。 「それにあなた商賣をした者は、年を老つても何となしにその癖が脱けませんですね、年寄りの癖にあの媚態(しな)が厭らしいつて、息子達が嫌ふんでございますよ」